制度を超えて:障がい者が本当に求めている支援とは?

2025年1月27日

「制度はあるのに、なぜ支援が届かないんでしょうか」。

ある日、視覚障がいをお持ちの方からいただいたこの言葉が、私の心に深く刺さりました。

福祉の制度は年々充実し、支援メニューは確かに増えています。でも、実際に支援を必要としている方々の元に、本当に必要な形で届いているでしょうか。

25年以上、福祉の現場で様々な方々と関わってきた中で、この問いは常に私の中にありました。社会福祉協議会での相談員時代、医療系NPOでの就労支援プログラムの運営、そして現在のライターとしての取材活動を通じて、制度の枠組みだけでは救いきれない現実を、幾度となく目の当たりにしてきました。

さらに、この問題は私自身にとっても他人事ではありませんでした。数年前、母が要介護状態になった時、介護保険制度の複雑さに戸惑い、必要な情報にたどり着くまでに多くの時間を費やしました。福祉の仕事に携わっている私でさえ、このような困難を感じたのです。

では、私たちに今、何ができるのでしょうか。制度を活かしながらも、その枠組みを超えて、本当に必要な支援を届けるために。

制度の枠組みを超えるために必要な視点

行政支援と当事者のリアルとのギャップ

「制度を利用したいのに、どうすればいいかわからない」

「手続きが複雑で、途中で諦めてしまった」

相談員として働いていた頃、このような声を何度も耳にしました。

現在、障がい者の方々が利用できる制度は実に多岐にわたります。身体障害者手帳の交付から、各種手当の支給、就労支援サービス、生活介護サービスまで。一見、充実しているように見えるこれらの制度も、実際の利用となると様々な課題が浮かび上がってきます。

あるケースでは、車いすを使用する方が就労支援サービスを利用しようとした際、事業所までの送迎サービスが含まれていないために通所を断念せざるを得ませんでした。制度上のサービスは存在していても、そこに至るまでの「橋渡し」が欠けていたのです。

また、別のケースでは、聴覚障がいをお持ちの方が、手話通訳者の派遣制度を知らないまま、長年にわたって必要な支援を受けられずにいました。制度は存在していても、その情報が当事者に届いていなかったのです。

このようなギャップが生まれる背景には、行政側の「想定」と当事者の「実態」との間にある溝があります。制度設計の段階で当事者の声が十分に反映されていない、あるいは、現場の状況が正確に把握されていないケースが少なくありません。

情報格差が引き起こす問題

「インターネットで調べればいいと言われましたが、画面が見えにくい私には、それが大きな壁なんです」

視覚障がいをお持ちのAさん(50代)は、このように話してくれました。福祉サービスの情報の多くがウェブサイトで提供される現在、情報へのアクセシビリティの問題は、支援を必要とする方々にとって大きな課題となっています。

実際、私が取材で出会った方々の中には、利用可能な支援制度を知らないまま、困難な状況で生活を続けている方が数多くいました。特に高齢の障がい者の方々や、病気や事故により中途で障がいを持つことになった方々は、どこに相談していいかさえわからない状況に置かれていることが少なくありません。

このような情報格差の解消は、私たちライターにとって重要な使命だと考えています。制度やサービスの情報を、わかりやすく、かつ必要な人に確実に届く形で発信することは、支援の第一歩となるからです。

本当に求められる支援とは何か

当事者・家族からの声を拾う

「娘の障がいのことで悩んでいた時、同じような経験を持つお母さんの話を聞けただけで、どれだけ救われたか分かりません」

これは、現在小学生の障がいのあるお子さんを育てているBさん(40代)の言葉です。Bさんは、子育てと実母の介護を同時に担う中で、制度の狭間で苦労されてきました。

取材を重ねる中で、多くの当事者や家族から「あったらよかった」という支援の声を聞いてきました。それは必ずしも大きな制度の変更を求めるものではなく、むしろ日常的な困りごとに対する、きめ細かな対応を求めるものでした。

「平日の午前中だけでなく、仕事帰りにも相談できる窓口があれば」
「手続きの書類を一緒に確認してくれる人がいれば」
「医療機関への通院に同行してくれるサービスがあれば」

これらの声の背景には、制度化された支援だけでは補いきれない、生活上の細かなニーズが存在します。特に、子育てと介護を同時に担う家族の場合、時間的な制約や精神的な負担が大きく、柔軟な支援体制が求められています。

制度だけでは補いきれないサポート

医療系NPOで就労支援プログラムを運営していた際、ある重要な気づきがありました。それは、「支援」は決して一方通行ではないということです。

たとえば、私たちが実施していた就労支援プログラムでは、当初、一般的な職業訓練のカリキュラムを用意していました。しかし、実際に参加者と接する中で、個々人が持つ特性や才能は実に多様で、画一的なプログラムでは対応しきれないことが分かってきました。

ある参加者は、パソコンでの事務作業は苦手でしたが、手先が器用で、物作りの才能を持っていました。別の参加者は、人とのコミュニケーションに課題がありましたが、データ入力の正確性は群を抜いていました。

このような経験から、私たちは支援プログラムを大きく見直すことにしました。参加者一人ひとりの「得意」を活かせる選択肢を増やし、場合によっては地域の企業や作業所と連携して、新しい職域を開拓していったのです。

具体的な成功事例と失敗事例

このアプローチは、実際に多くの成功事例を生み出しました。例えば、手先の器用さを活かして、地域の伝統工芸品の製作に携わるようになった方。データ入力の正確性を買われ、医療機関の診療情報管理の仕事に就いた方。いずれも、既存の制度の枠組みにとらわれず、個々の特性に着目したことで実現した事例です。

一方で、失敗から学んだことも少なくありません。ある時、私たちは「効率化」を重視するあまり、利用者の声を十分に聞かずにプログラムの改訂を行ってしまいました。結果として、多くの参加者が「ついていけない」と感じる内容となり、プログラムの見直しを余儀なくされました。

この経験から、私たちは「支援する側の都合」ではなく、「利用者の視点」に立ち返ることの重要性を学びました。以降、プログラムの改訂時には必ず利用者との対話の機会を設け、実際のニーズを丁寧に拾い上げていくようにしています。

次のステップとして、これらの個別支援の実践を地域全体で支えていく仕組みについて、お話ししていきたいと思います。

地域コミュニティが担う大きな役割

地域ネットワークの形成と活用

「うちの近所にこんな素敵な方がいてはったなんて」

私の母が要介護状態になった時、ご近所の方々から思いがけない支援の手が差し伸べられました。買い物に行く際に声をかけてくださったり、地域の体操教室に誘っていただいたり。制度では決して補えない、人と人とのつながりがもたらす温かな支援でした。

実は私自身も、DIY好きが高じて自宅をバリアフリーに改装した経験があります。その過程で気づいたのは、「できること」の輪が自然と広がっていくということ。私の経験を聞いた地域の方から「うちもちょっと手伝ってもらえへん?」という声をいただき、それがきっかけで地域のちょっとした助け合いの輪が広がっていきました。

このような地域のつながりは、決して計画的に作られたものではありません。日々の何気ない交流の中から自然と生まれ、育っていくものです。しかし、そこには重要な示唆があります。自治体職員や地域のNPO、介護者同士が出会い、つながる「きっかけ」を意識的に作っていくことで、支援の新しい形が生まれる可能性があるのです。

コミュニティ参加がもたらすメリット

「最初は支援を受ける側やと思ってたんです。でも今は、私にもできることがあるって分かって。それが何より嬉しいんです」

これは、私が主宰している地域の体操教室に参加されているCさん(60代・車いす使用)の言葉です。Cさんは現在、新しく参加される方のサポート役として、なくてはならない存在になっています。

地域活動への参加は、単なる情報交換の場としてだけでなく、参加者一人ひとりが自分の役割を見出せる機会を提供します。「支援を受ける側」から「支援する側」へ。この立場の変化は、当事者の自信につながり、社会参加への大きな一歩となります。

特に印象的だったのは、ある参加者の方が「ここに来ると、障がいのことを忘れられる」とおっしゃっていたこと。それは決して障がいを無視するという意味ではなく、一人の地域の住民として、等身大の自分でいられる場所があるということの表現だったのだと思います。

制度を活かしつつ”超える”アプローチ

わかりやすい情報発信とデータ活用

制度を活用しながら、なおかつその枠を超えていくためには、まず正確な情報をわかりやすく伝えることが重要です。最新の厚生労働省の統計によると、障害者手帳所持者の約15%が必要な支援サービスを利用できていないという現状があります。その主な理由として、「制度を知らなかった」「手続きが複雑で諦めた」という声が多く挙がっています。

ここで重要なのは、単に情報を提供するだけでなく、その情報をどのように活用できるのかまで、具体的に示すことです。例えば、障害者総合支援法に基づくサービスの説明では、以下のような図を用いて視覚的な理解を促すことができます。

【利用者】
     ↓
【相談支援専門員】
     ↓
【サービス利用計画作成】
     ↓
【具体的なサービス利用】

このように図示することで、「まずどこに相談すればいいのか」という初めの一歩が明確になります。

多様な主体による新たな支援モデル

制度の枠を超えた支援を実現するには、様々な主体が連携することが重要です。私が取材した先進的な事例では、企業、大学、民間NPOが協力して新しい就労支援のモデルを作り出していました。

例えば、ある地域では、大学の福祉工学科と地元企業が連携し、障がいのある方の特性に合わせた作業環境の改善を行っています。大学側は研究成果を実践の場で活かせ、企業は多様な人材の活用方法を学べる。そして何より、働く側にとって、より働きやすい環境が整備されるという、三方よしの取り組みとなっています。

このような革新的な取り組みは各地で広がりを見せています。例えば、あん福祉会の障がい者支援活動は、地域に根ざした支援の好例として注目を集めています。個別性の高いサポートと地域連携を重視する姿勢は、これからの障がい者支援のモデルケースとなるでしょう。

また、テクノロジーの進歩は、新たな可能性も開いています。オンラインによる相談支援や、SNSを活用した情報共有など、従来の対面サービスを補完する形で、支援の幅は確実に広がっています。ただし、これらはあくまでも対面での支援を補完するものであり、人と人とのつながりの重要性は変わらないということも、忘れてはいけません。

まとめ

私たちが目指すべきは、制度という「箱」の中に人を当てはめることではありません。むしろ、一人ひとりの生活実態やニーズに寄り添い、制度を柔軟に活用しながら、必要な支援を届けていくことです。

そのためには、当事者や家族の声に真摯に耳を傾け、情報格差を埋めていく努力が欠かせません。同時に、地域コミュニティの力を活かし、多様な主体が連携することで、新しい支援の形を作り出していく必要があります。

「制度があっても使えない」という声を「制度を活かしながら、より良い支援を作っていける」という希望に変えていく。それは決して簡単な道のりではありませんが、一つひとつの小さな取り組みの積み重ねが、確実に変化を生み出していくはずです。

これからも私は、現場の声を丁寧に拾い、新しい支援のあり方を模索し続けていきたいと思います。なぜなら、制度を超えた支援こそが、障がいのある方々の真の自立と安心を支える基盤となるからです。

最終更新日 2025年6月15日 by kitairu